コレクション展2020「うつし、描かれた港と水辺」(6)

2020.3.6

横浜市民ギャラリーコレクション展2020「うつし、描かれた港と水辺」の魅力をお届けするブログ第6回です。(3月15日(日)まで毎日更新する予定)


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本日は、展覧会の第2章よりお届けします。


2. 描かれた横浜港 1940~80年代


当館所蔵作品には横浜港を描いたものが多数見られます。多くの作家を惹きつけたモチーフは、故に多様な表現を生みました。岩田栄之助(1899-1985)の《終戦後の横浜港》(※下記「きょうの1点」で紹介)では、フランス領事館を中心に、画面上方に横浜港が描かれています。1953年に建造が開始された山下ふ頭の姿はまだありません。


天笠義一(1921-2007)の《横浜港》(※2枚目写真右端)では横浜三塔の一つ、クイーンの塔(横浜税関)や赤レンガ倉庫などの位置が画面の中で再構成されています。画中の白い絵具の施された部分は地面にも水面にも見え、不思議な印象を与えます。


水彩作品はいずれも1979年に開催された横浜開港120周年記念「横浜百景展」の出品作です。同展では地元の画家が横浜市内の風景を写生した新作を発表しました。鉛筆と水彩で港の見える丘公園をスケッチした遠藤典太(1903-1991)(※4枚目写真右)、墨を用いて家並みや高速道路の向こうに見える横浜港を見下ろす風景を描いた古川益弘(1931年生まれ)(※4枚目写真左)。当時の横浜港の多面的な姿が見えてきます。



■きょうの1点


岩田栄之助(1899-1985)

《終戦後の横浜港》1947年 油彩、キャンバス 65.6×80.5cm


山手の丘から見下ろした戦後の横浜港は、穏やかで落ちついた様子です。手前には谷戸坂下にあったフランス領事館が大きく描かれ、真っ直ぐに立つトリコロールの旗が作品全体を引き締めています。堀川の向こう、山下公園方向にアメリカ領事館の星条旗も小さく見えます。夏を思わせるさわやかな水色の海には、港を取り囲むように左右から防波堤が伸び、先端に赤と白の灯台が建っています。大型船航行のため白灯台が撤去される1963年以前、山下ふ頭の姿もまだない横浜港の風景です。
岩田は横浜に生まれ、1931年の横浜美術協会設立に関わるなど、横浜の美術振興に尽力しました。本作とほぼ同じ構図で何点か制作しており、この眺めはお気に入りの横浜風景だったのかもしれません。


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コレクション展2020「うつし、描かれた港と水辺」(5)

2020.3.5

横浜市民ギャラリーコレクション展2020「うつし、描かれた港と水辺」の魅力をお届けするブログ第5回です。
(3月15日(日)まで毎日更新予定)
本日は第1章「写真でみる戦後―昭和のミナト 横浜」から最後のご紹介となる1点です。

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■きょうの1点


小野 肇(1913-1999)

《横浜駅と港を望む》1988年 カラー・プリント 56.2×45.8cm


小野は、新潟県生まれ。医師として病院に勤務する傍らで写真を撮り続け、1988年に横浜市民ギャラリーで開催した「横浜百景展」への出品を機に横浜の風物をテーマに撮影するようになりました。
本作は、横浜駅付近のビルの屋上から写された作品です。横浜港のはるか奥、画面上方に、橋桁が出来る前の横浜ベイブリッジを見ることができます。百貨店や銀行などのビルが立ち並び多くの車が行き交う横浜駅と、ふ頭に大小さまざまな船が出入りする横浜港の風景が、画面中央の高速道路を境に上下にとらえられています。小野は、一枚の写真の中に横浜の多様な情景を写し出しています。

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■トピックス ― 所蔵作品検索ページ

横浜市民ギャラリーが所蔵する約1,300点の全作品データを、2018年度よりホームページ上で公開しています。
所蔵作品検索ページはこちら 
作品画像の掲載点数も今後徐々に増やしていく予定です。
みなさまの調査、研究などにぜひお役立てください!


コレクション展2020「うつし、描かれた港と水辺」(4)

2020.3.4

横浜市民ギャラリーコレクション展2020「うつし、描かれた港と水辺」の魅力をお届けするブログ第4回です。(3月15日(日)まで毎日更新する予定)
本日も引き続き、第1章「写真でみる戦後―昭和のミナト 横浜」からの1点です。

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■きょうの1点

浜口タカシ(1931-2018)

《最後の移民船》1973年 ゼラチン・シルバー・プリント 36.7×49.9cm


静岡県生まれ。1955年に横浜に移住。1956年日本報道写真家連盟に加入。1966年に横浜美術協会会員、1969年に二科会神奈川支部の支部会長など、横浜の写真文化の発展に寄与し写真家の指導にも尽力しました。報道写真家として、東京オリンピック、安保闘争、公害問題、中国残留日本人の記録など、歴史に残る出来事を記録する一方で、生活拠点のある横浜の移り変わりを写し続けました。本作は、1973年2月に最後の南米移民船「にっぽん丸」が横浜港を出港する際に撮影されました。大量の紙テープが岸壁と船を結びながら絡み合う様子は、歴史的瞬間を伝えるとともに、見送る人と見送られる人との情緒あふれる別れの光景を想像させます。

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横浜市民ギャラリーでは、コレクション展2018「写真と素描でたどる横浜 1950-1980年代を中心に」に合わせて、浜口タカシ氏のインタビューを収録しました。インタビュー動画は、インタビューアーカイブからご覧いただけます。ぜひご覧ください!
インタビューアーカイブ→https://ycag.yafjp.org/our_exhibition_archive/interview-archive/


コレクション展2020「うつし、描かれた港と水辺」(3)

2020.3.3

横浜市民ギャラリーコレクション展2020「うつし、描かれた港と水辺」の魅力をお届けするブログ第3回です。(3月15日(日)まで毎日更新する予定)
本日も引き続き、第1章「写真でみる戦後―昭和のミナト 横浜」からの1点です。

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■きょうの1点

常盤とよ子(1928-2019)

《赤線地帯―横浜》1955年 ゼラチン・シルバー・プリント 25.4×39.1cm


常盤は横浜市生まれ。1950年に女学校を卒業し一時はアナウンサーを目指しますが、翌年後に夫となる奥村泰宏と出会い写真の道に進みます。リアリズム写真運動の影響を受けたことから、同時代に生きる女性の姿を通じ社会状況を写しとるようになり、1956年にファッションモデルや女子プロレスラーなど、さまざまな職業の女性を撮った写真の個展で注目されます。常盤は同時に1958年に廃止された赤線地帯で生きる女性たちを被写体とし ました。常盤は彼女らが働き生活を営む場に幾度も通い、次第に信頼関係を築きました。自身も女性だからこそ撮影しえた、時代の証言としてもたいへん貴重な作品です。

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横浜市民ギャラリーでは、コレクション展2017「季節をめぐる」に合わせて、常盤とよ子氏のインタビューを収録しました。インタビュー動画は、インタビューアーカイブからご覧いただけます。ぜひご覧ください!
インタビューアーカイブ→https://ycag.yafjp.org/our_exhibition_archive/interview-archive/


コレクション展2020「うつし、描かれた港と水辺」(2)

2020.3.2

横浜市民ギャラリーコレクション展2020「うつし、描かれた港と水辺」の魅力をお届けするブログ第2回です。(3月15日(日)まで毎日更新する予定)
本日も昨日につづき、第1章「写真でみる戦後―昭和のミナト 横浜」からの1点です。

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■きょうの1点

奥村泰宏(1914-1995)

《出航の見送り》1955年 ゼラチン・シルバー・プリント 52.5×34.0cm


奥村は横浜市生まれ。1943年文化学院文学部卒業。1951年横浜アマチュア写真連盟を結成し、理事長に就任。1952年横浜美術協会会員、顧問を務めるなど横浜の写真文化の発展や芸術振興に尽力しました。
横浜に生まれ育った奥村は、終戦後の故郷の現実を目の当りにし、占領軍兵士やその家族、そして占領下の市民の姿を数多く写しています。1952年に接収解除された大さん橋で撮影された本作には、海外から訪れる人、歓迎する人などが集うなかに、出航を見送る人の喜びに満ちた表情が間近にとらえられています。

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横浜市民ギャラリーコレクション展2020「うつし、描かれた港と水辺」のウェブページでは、出品作家の西村建子さん、林敬二さんのインタビュー動画、そして小冊子のPDF版をダウンロードしてご覧いただけます。小冊子は、フルカラー(16ページ)で作品画像や西村さん・林さんのインタビュー(テキスト版)などを掲載しています。
ぜひご覧ください!


展覧会ウェブページはこちら(インタビュー動画、小冊子PDF版は下部に掲載しています)→https://ycag.yafjp.org/our_exhibition/collection-2020/
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