2017年4月29日、レクチャー「アニメーション美術監督の仕事」を開催しました。
横浜市民ギャラリーではこれまでにもアーティスト、写真家、美術評論家、舞台美術家、ドキュメンタリー監督、製本家など様々な専門家の方々をお迎えしてレクチャーを開催してきました。
今回は、映画「この世界の片隅に」(2016年)、「ジョバンニの島」(2014年)の美術監督である林孝輔さんを講師にお迎えして、アニメーション制作の舞台裏や、作品づくりへの思いを伺いました。
当日はたくさんの方々にお越しいただき、会場は熱気に包まれました。
初めに、この日のために特別に呉市立美術館からお借りした映像資料「『この世界の片隅に』制作風景 背景編」を見ながら、林さんから背景美術の制作の手順をお話いただきました。 近年のアニメーション制作の現場では、背景美術は9割がパソコンを使っての描写ということですが、この作品はこうの史代さんの原作のイメージを大切に、手描きにこだわってつくられたそうです。
まずレイアウト(原図)にコピー用紙を重ねて、鉛筆で必要な線を写しとっていきます。
それを画用紙にコピーし、ポスターカラーで色をつけていきます。
色をつける手順は人それぞれですが、林さんの場合は遠景または薄い色から塗り進めるそうです。
全体に色がのったら、リズム感を大切にしながら細部を描きこんでいきます。
「どこで筆を止めるかが毎回課題」と話す林さん。描きこめば描き込むほどよいというわけではなく、そこを見極める目が大事です。
絵が仕上がったらスキャナでパソコンに取り込み、Photoshopでホコリ除去や、色味の補正をおこないます。
ここでの作業は必要最低限にとどめるよう意識しているそうです。
このように背景を描く仕事を、「この世界の片隅に」では約40名の方々が担当しています。
林美術監督は、どのパートをどの人に描いてもらうか、それぞれの適正を考慮しながら仕事を依頼したそうです。
ご本人ももちろん多くのパートを描いており、特に原爆が落とされた後の広島の街の風景は、若い世代の自分が描くことにこだわったそうです。
思い入れが強く、「描き込みすぎたかな」ともお話されていたほど。
「この世界の片隅に」の場合、描かれた背景画の枚数は約1,200枚。 美術監督は、たくさんの人たちの手で描かれたそれら一枚一枚の絵を、作品に統一感を持たせるために調整する役割も担います。
時には書き直しの指示を出したり、色調整をおこなったりします。
アニメーション制作において、一枚の絵の完成度に集中すればよいというわけではなく、締切と予算という限られた条件のなかで、作品の質を保っていくビジネス感覚も大事だとお話されていました。
また、「この世界の片隅に」は、原作者のこうの史代さん、監督・脚本の片渕須直さんが徹底した歴史検証をしていることで知られています。
当時の様子を詳細に調べあげた成果が作品にリアリティを与えています。
そのため、林さんは片渕監督から「このときの天気は○○、気温○○℃、湿度○○%、視界は○○」といった情報まで与えられて風景を描くことに挑んだそうです。
それは「学会の論文を書いているよう」な気持ちでもあったとか。
当時の様子を想像しながら、登場人物たちが見ていたであろう風景を描きおこそうと意識したそうです。
林さんがアニメーションの世界に入ることになったきっかけは、学生時代に遡ります。
高校時代はサッカーにのめりこんでいたそうですが、その後大学に入り日本画を専攻。
入学当時はデッサンも苦手でしたが、「下手だった分、上達していくことが楽しかった」そうです。
昔からスタジオジブリのアニメーションが好きで、大学時代に男鹿和雄さんの仕事を知り、「自分がやりたい仕事はこれだ」と確信を得たそうです。
卒業後、アニメーション制作会社に入社、フリーランスを経て、現在は背景美術スタジオ「でほぎゃらりー」に所属されています。
林さん自身、デジタルでは表現しきれない手描きの背景が好きで、そのような仕事を続け、残していきたいと考えているそうですが、時代の要請に応じて今後どのような変化があるかはわからない、という正直な思いもお話いただきました。
この日参加された多くの方々が、この手描きのアニメーションの技術を後世に残していきたいと感じられたのではないでしょうか。
終了後には、サイン待ちの長い行列ができました。
予定していなかったことだけに林さんも驚いたご様子。
「普段はこもって絵を描く仕事。これだけたくさんの人に注目していただいて恐縮」と、最後まで謙虚で誠実な林さんの人柄がにじみ出るレクチャーとなりました。
ご来場くださった皆様、どうもありがとうございました。
レクチャー「アニメーション美術監督の仕事」開催レポート
2017.5.24
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