収蔵作品 今月の1点

青い目の人形 ©Yokohama Civic Art Gallery

青い目の人形 多田 ヒロシ ただ ひろし

■ 制作年:1978年
■ 技法・材料:水彩、ポスターカラー、アクリル、紙
■ サイズ [縦×横×奥行]:72.4 × 102.4cm
■ 作品番号:CA-022
■ 分野:漫画

※「横浜画廊散歩」2020年9月号に掲載

多田は1937年、東京生まれ。武蔵野美術大学デザイン科卒業。大学在学中の1957年に雑誌『漫画TIMES』の創刊号に表紙の絵が採用され、その後誌面にも漫画を掲載しました。卒業制作に絵本を提出、絵本作家としても活躍し始めます。代表作に『おんなじおんなじ』(1968年)、『わにがわになる』(1977年)、『ねずみさんのながいパン』(1977年、以上3冊ともこぐま社)等があります。日本漫画家協会、漫画集団、漫画家の絵本の会所属。

本作は1978年の「大通り公園完成記念 ヨコハマ漫画フェスティバル」のために描かれ、出品された作品です。1920年代、日露戦争での勝利やアメリカ国内における日系移民への偏見のため、日米関係は悪化していました。その状況を懸念したアメリカの宣教師・シドニー・ギューリック博士が両国親善のためにアメリカより日本に人形を贈る国際親善プロジェクトを提唱し、日本側でも実業家・渋沢栄一が協力して1927年に送付が実現しました。送られた人形は12,000体以上におよび、全都道府県に配布されました。その後日本からも、返礼として日本人形が送られています。アメリカから来たすべての人形の目が青かったわけではありませんが、1921年に発表された童謡「青い目の人形」(作詞:野口雨情)のイメージと相まって、人形たちは「青い目の人形」と呼ばれるようになりました。人形を載せた船が横浜(および神戸)に入港したことや、人形の送付が1923年の関東大震災の慰労の意も含んでいたことより、関東大震災からの復興の一環でつくられた山下公園に青い目の人形像が置かれています。

横浜市民ギャラリーでの展覧会:
1978年 ヨコハマ漫画フェスティバル