©Yokohama Civic Art Gallery

宮本昌雄 みやもと まさお
《工場74》

1974年
紙本着彩

※「横浜画廊散歩」2014年6月号に掲載

1917年、横浜市中区生まれ。1923年の関東大震災で両親を失い、実家の紙商店を継いだ姉夫婦の元で育ちました。1930年、片岡球子(1905-2008)の院展初入選作≪枇杷≫に感銘を受け、片岡を訪ねます。片岡が多忙のため中島清之(1899-1989)を紹介され、以後中島に師事しました。1934年神奈川県立商工実習学校卒業、1935年第4回横浜美術展に初入選するも、1938年から1946年まで兵役のため制作は中断します。1948年から日本鋼管株式会社の子安工場に勤務。1950年ごろより制作を再開し、1958年には院展に初入選しました。

宮本は自分の卑近なモチーフを描くことを信条としていました。院展の初入選作≪工場58≫以降自分が毎日通う工場を描いた工場シリーズは、直線が多用され一部には工場で入手した木炭からつくった画材を用いるなど、工場の持つメカニカルで重厚な雰囲気が強調されたものでした。本作は同シリーズでは珍しく、人物が大きく配されたものです。溶接マスクで顔を覆い、寡黙に作業する男性たちが描かれています。宮本の作風は工場を退職する1972年を境に変化しています。同時期に生まれ育った中区へ居を戻したことが大きな理由と思われ、同年以降は山手の洋館が立ち並ぶ穏やかで華やかな光景を描くようになりました。本作は退職・転居を経て過去の勤務を回想し、そこで働く人々に思いを馳せたのかもしれません。

横浜市民ギャラリーでの展覧会:
1979年 「横浜百景展」
1982年 「横浜上海美術交流展」
1979年 「横浜百景展」
1986年 「横浜美術招待展」
1997年 「現代版『横浜絵』のこころ 宮本昌雄展」

収蔵作品一覧へ戻る